当資料室は、1985年6月6日、東京芸術大学音楽学部に開設されました。 所蔵資料の中心は、83年に急逝した故小泉文夫本学元教授が収集した音楽資料のコレクションです。これらは、広く音楽研究に役立てるよう、同氏の遺族から東京芸術大学に寄贈されました。
小泉教授は東京に生まれ、東京大学文学部で美学を専攻しました。在学中に、故吉川英史講師の講義に接して日本伝統音楽の研究を志し、のちに、町田佳聲監修『日本民謡大観』や、平凡社『音楽大事典』の編集にもたずさわりました。
1956年、 東京大学大学院に修士論文「日本伝統音楽の研究に関する方法論と基礎的諸問題」(後の『日本伝統音楽の研究』)を提出し、比較音楽学の観点から日本音楽の音階分析論を提示します。1956年5月から59年まで、インド政府給費留学生として、マドラスとラクナウの音楽学校でインド音楽の実技を学びながら、調査も行いました。インド留学を出発点として、ナイル河上流の民俗音楽(1964)、カナダとアラスカのエスキモー(1967-68)、インドネシア(1972)ほか、本格的なフィールドワークが始まります。国内はもとより調査地は三十数カ国におよび、研究成果は多くの著作やレコード、解説書にまとめられました。小泉はまた、早くからポピュラー音楽研究の重要性を指摘するなど、伝統的なアカデミズムにとらわれない柔軟な研究姿勢を持つ人でした。
小泉の活躍は多岐にわたります。東京藝術大学(1959-1983)や米国ウェスリアン大学(1967、1971)など、国内外の多くの大学で教鞭をとりました。また「アジア伝統芸能の交流」プロジェクト(国際交流基金主催)ほかの企画監修にたずさわり、音楽による文化交流にも大きく貢献しました。さらに、自身が企画するラジオ番組「世界の民族音楽」など、さまざまなテレビやラジオ番組に出演し、未知の領域だった諸民族の音楽を一般にも紹介した功績はきわめて大きいと言えましょう。小泉は活躍の頂点で突然世を去りましたが、その業績は音楽にかかわる多様な領域で受け継がれ、発展をとげています。