国谷
ちょっと話を戻すと、コンクールでは時代背景を考えたりストーリーを考えたりして、想いを込めて演奏するだけではなかったというお話がありました。あと何か勝てるヒントって、ありますか? 精神面とか。
高木
精神面では本当に弱い人間なので…。
国谷
うそうそ!
高木
本当なんですよ。そうやって見られるんですけど。舞台を踏んでいくうちに自分がどういう状況だとどうなりやすいっていうのはわかってきますよね。ただ、コンクールで勝つヒントというわけではないですね…。
国谷
自分との戦いですよね。いかに乗り越えるかって。
高木
まあそうなんですけれど、ベストを尽くせば勝てるということでもないので、とにかくその場で聴きたいと思われるような演奏を目指すとか。自分が惹き込まれる演奏をする人物を想像して、自分はそういう人間であると思い込むとか。
あとは、すごく単純な話で、例えば100人受けて本選に残るのが5人で、その間に1次、2次、3次とあるとすると、まず100人からだいたい50人に落とされ、50人から15人、15人から5人っていう感じになる。1次の100人から50人というのは、2人に1人。ということは隣の人よりうまく吹けばいい。前の人か後ろの人のどちらかよりうまく吹けばいいんです。それだったら何とかいけるかもしれない。2次の50人から15人だとちょっとレベルは上がるけれど、3人に1人だから前の人と後ろの人より上手に吹けばいい。だからその人たちよりは上手に吹けるようにしようって。
国谷
そんな風に考えていくのですね。
高木
でも、最終的に本選に残るのは別です。ソリストとしてどういう華を持っているかを見られるので、「この人はこういうこともああいうこともできる。じゃあコンチェルトを吹かせたらどんなことをしてくれるんだろう?」と想像させるような3次にする。それが結局はその曲の時代背景の理解とかプログラミングだったりします。
国谷
いっぱい引き出しがあるように見せないといけない。
高木
そうですね。審査員に、「1次2次聴いて、3次もこれだったら本選は想像がつく。もう先は見えたから、この人はもういいか」という気持ちにさせてはいけないので。
国谷
高木先生は、「私はフルートが嫌いです」とインタビューでおっしゃっていました。でも今使っていらっしゃるフルートに出会ってからは、もっと生々しい音や低音で力強い表現ができるようになって好きになりましたと。それは、フルートにまつわる商業的な固定観念と言いますか、フルートは女性が吹くものであって美しくて優しくて音色がエレガントで、ということへの反発だったのではないでしょうか?
高木
どちらかと言うと自分の性格とか根性は、そういうフルートの商業的な固定概念からは、かけ離れたところにあるのかもしれないですけれど…。
国谷
刷り込まれたフルートのイメージって、いまだにありますよね。
高木
あります。ただ、作曲家も、朝の爽やかな場面とか少し幻想的な場面とか、そういう場面でフルートを使っていて、おどろおどろしいテーマのときには使わない。音としてそういう音なのでしょうね。
でもフルートは、管楽器、特に木管楽器のなかでは一番呼吸困難になりやすい楽器なんです。なぜかというと、他の楽器は全部マウスピースとかリードを咥えるんですよね。ということは穴の分だけ空気が入っていく。でもフルートはオープンエアと言って、吐く空気の3分の2が楽器に入るけれど、3分の1は外に出ちゃう。自分の肺に入った空気の3分の1は無駄にしているんですよ。だから「フルートは酸欠になるから無理」と諦めていく人が多いんです。
国谷
全然イメージと違いますね。
高木
違いますよね。それだけしんどいことをしているのに、いいイメージしかないのはおかしい。もうちょっとフルート奏者の苦労を感じてほしい(笑)。
それと、オープンエアなので人間の声つまり声楽とすごく近いものを持っていると思うんです。声楽は普通の楽器よりもエネルギーを使っている感じが観客にも伝わるし、歌詞もあるから観客は表現したいものがわかる。でも、フルートだと音しか聞こえないので、音が細くてきれいなことと、短調か長調かぐらいしか伝わらない。これだけ感情的に演奏していても、そういうふうに聴いてもらえないのかなって思っていたんです。
だけど、今使っている楽器に出会って、この楽器だったら私がやりたいと思う音、きれいなだけじゃない人間の汚い部分の表現だとかが、人にも伝わるんじゃないかって。フルートでそういう表現をしていくことが楽しくなりました。
現在使用しているフルートと。出会いは高校時代に遡る
国谷
CDデビューのきっかけは、プロデューサーが高木先生のコンサートのチラシに目を留めたことでした。きっと、若いきれいな女性が優しい音色を響かせるという、商業的に刷り込まれているフルートのイメージにぴったりだと思われたのでしょう。先ほど先生から、フルートのもっと奥深いところとか、吹くだけでも大変だというお話をうかがいましたが、音楽業界がフルートのイメージを限定しているのではないでしょうか。ご自身はもちろんそれでチャンスをつかんだわけですが…。
高木
本当はそういう箱に入れるためだったんじゃないかということですよね?
国谷
そうです。その箱に入れられることに対しての反発もあり、フルートはそんなものではないということを伝えたいという強い気持ちもあった。だから、フルートは嫌いと発言されたり、コンクールに挑戦し続けたりして、フルーティストのイメージを打ち破りたかったのかなと思ったのです。
高木
そうですね…。歴代の著名な笛吹きたちがたくさんいるんですけれど、演奏家と音楽家、2種類のタイプがいる気がするんです。演奏家、テクニシャンとして、うわーっと騒がれる人と、音楽家としてテクニックではなく音楽が気持ちに寄り添う人。私はどちらかと言うと音楽家になりたい。ただ、フルートが嫌いって言っていたのは、自分が表現したい音楽がフルートだと物足りなかったから。そういう意味では「フルートが上手な演奏家」じゃなくて、「この人の演奏が聴きたい」って言われる音楽家になりたいというのがありました。
国谷
フルートの固定観念を変えることによって、もっとフルートの表現の幅が広がるのではないかと思います。
高木
そうですね。音楽業界も、売るためには見た目がいいに越したことはない。でも、私はそのおかげでチャンスをもらえましたが、見た目だけじゃない部分もちゃんと評価していただけたのはありがたかったですね。
国谷
結果的にね。
高木
結果的に。
最初のCDは名前を知ってもらうために、一番フルートらしい曲を集めたフルートの小品集、2枚目は松任谷由実さんの曲でした。それで、松任谷由実さんを選んだ時にけっこう驚かれたんです。なぜかというと、当時は安室奈美恵さんが人気の時代で、松任谷由実さんはもうちょっと前の時代。しかも声も渋くて。そういうちょっと変わった作品を選ぶ子なんだと。その次が「ジェントル?ドリームズ」で少し近現代の曲を入れて小品集の枠を超えたところをやって、そのあとにソロ。現代曲って、普通だったら聴く人なんていないじゃないですか?
国谷
難しいですよね。
高木
はい。ですから、そうやってフルートの可能性を広げていくように、作品を選び、CDを出してくださったので、ある意味フルートの聴き方も変わったと思います。巨匠と呼ばれるジャン=ピエール?ランパルとかオーレル?ニコレのような、男性で体も大きい人たちの演奏もすごく味があるんですけれど、私は今の生活の中にある曲を演奏しつつ、近現代の曲も演奏する。そんな姿を、今の人たちは、自分の生き方を重ねて聴き、一緒に成長するように迎えてくれたんじゃないかなと思います。
国谷
私はいろんな分野における固定観念の打破に向けてダイバーシティ推進の活動もしています。高木先生は子育て、演奏活動、教育と、いろんなフィールドで自分の可能性を制限しない生き方をされていて、ぜひそういうことを発信し続けていただけたらと思います。
高木
そうですね。今の時代はSNSとかいろんな方法で発信ができます。半分私生活をさらけ出しているようなものですが(笑)。
私のファンは男性より女性のほうが多いんですよ。特に主婦層。
国谷
等身大で。
高木
そうなんです。例えば、昔フルートをやっていたけれど、仕事や子育てで全然フルートが吹けなかった人が私の活動を知って、「私も時間を作ってできるかもしれない」と再開したり、ブランクのある演奏家から、「もう一回舞台に出たいんだけど、きっかけはどうしたらいいんですか?」と相談されることもあります。あとは、毎年学生が卒業していくので、卒業生からの相談もあります。私がここに勤め始めた頃に卒業していった子が、「先生みたいに活動しながら3人子どもを持つのが理想です」と言ってくれたり。
そういう意味では、ファンの方や教え子たちにとってすごく身近な存在になっていると思います。私が学生の頃はそういうことを相談できる先生はいなかった。男性が多かったし、男性でも子育てに没頭している先生はいませんでした。そういうことを直接アドバイスできるのはいいことだと思うんです。そういう立場でもいられたらいいなと思います。
国谷
学生たちに一番学んでほしいことはなんでしょうか?
高木
それは…自分で探してほしい。
学ぶことを自分で探せる人になるということを学んでほしい(笑)。みんな言われたことはできるようになるけれど、言われなくても自分でできないことを探すとか、自分に足りないものを探す、自分が不得意なものを探すということを、自分でしてほしい。そういうのがちょっと今の子たちは不得意かなって思います。
【対談後記】
“フルートは木管楽器のなかでは一番呼吸困難になりやすい楽器。楽器に吹き込む空気の3分の1は外に出て無駄になってしまう。”高木先生は立ち上がって実際にフルートを力強く吹いてくださった、その瞬間、私が持っていたフルート奏者のイメージは崩れました。
“これだけしんどいことをしているのに結局はいいイメージしかないのっておかしくない?” 肺活量はスポーツをしている成人男性並みの4500~4600あるそうです。
「フルート奏者」ではなく「この人の演奏を聴きたい」と言われたい。
高木先生が固定化されたイメージと闘い、そのイメージを乗り越えていきたいという想いを聞いた気がしました。
【プロフィール】
高木綾子
音楽学部器楽科(フルート)准教授
愛知県豊田市生まれ。3歳よりピアノ、8歳よりフルートを始める。これまでにフルートを西村智江、橋本量至、G.ノアック、小坂哲也、村上成美、金昌国、P.マイゼンの各氏に、室内楽を岡崎耕治氏に師事。東京藝術大学大学院音楽研究科器楽専攻修了。
毎日新聞社主催全日本学生音楽コンクール東京大会第1位(1995年)、神戸国際フルートコンクール奨励賞(1997年)、安宅賞(1997年)、宝塚べガコンクール優勝(1999年)、日本フルートコンベンションコンクール優勝及びオーディエンス賞(1999年)、第17回日本管打楽器コンクール、フルート部門第1位及び特別賞(2000年)、第70回日本音楽コンクールフルート部門第1位(2001年)、第12回新日鐵音楽賞フレッシュアーティスト賞(2001年) 、ジャン=ピエール?ランパル国際フルートコンクール第3位(2005年)、神戸国際フルートコンクール第3位(2005年)など受賞多数。
国内主要オーケストラをはじめ、新イタリア合奏団、シュトゥットガルト室内管弦楽団、ミラノ弦楽合奏団、サンクトペテルブルク交響楽団、フランツ?リスト室内管弦楽団、パリ室内管弦楽団などと共演。2019年にはベルリン?ドイツ交響楽団と共演。リサイタルや室内楽など活発な演奏活動を行っている。
2000年3月に「シシリエンヌ~フルート名曲集」、「卒業写真~プレイズ?ユーミン?オン?フルート」を同時リリースしてデビュー以来、多数のCDをリリースしている。
オフィシャルブログ「ALLA LIBERTA!」 https://ameblo.jp/takagi-ayako/
撮影:新津保建秀