皆さんが本学「美術教育研究室(以下美教と略します。)」に抱いているイメージとはどのようなものでしょうか。教職科目で関わっている学生が多いので「教職センター」のイメージが強いと思いますが、一口に「美教」と言っても、「大学院美術教育(修士?博士)」「教職センター」「木工室」「教育連携企画室」等の研究部署で構成されていることはあまり知られていないことと思います。コロナ禍での各担当者の奮闘ぶりをぜひ伝えたいところですが、今回は紙面の都合上、各自治体からの受託研究事業を担当している「教育連携企画室」《あおもり JOMON GYOMOプロジェクト「縄文漁網を編む-植物繊維を素材とした漁網制作-」》での取り組みを紹介します。
「青森の子ども達が地域の芸術文化に持続的に触れる機会が少ない」そして「郷土愛を育むような機会の創出を」という課題に応えるべく、「青森だからこそできる主体的で対話的な深い学び」をめざして数年前から取り組んでいます。世界遺産登録予定の三内丸山遺跡を活用し、日本文化の源であり生きる知恵や創造的な造形の宝庫である縄文文化について理解を深めることで、予測困難な時代を生きていくために必要な豊かな創造力や、他者と協働して課題を解決していく力を身につけることができると考えました。数ある題材の中から「植物繊維による造形」を選んだのは、縄文の「縄」に示されているように植物繊維を使った多くの生活文化が縄文文化の基本にあると考えたからであり、現存しているものが少ないからこそ、美術の観点をもってすれば想像力を豊かに膨らませて表現することができると考えたからです。そこで共同研究者として本学染織研究室に植物繊維の縒り?編み技法について助言、指導、教材研究等をお願いし、苧麻(からむし、チョマ)という麻の繊維から糸を縒り、網を編み、一人一人の網を繋げて最終的に巨大な漁網を共働制作するというプログラムを作成し、2020年度を迎えました。ところが…
現実的に児童?生徒50?120人規模を対象にコロナ禍で、この内容をどのように実施すればよいのか?「藝大教員と児童?生徒は対面しない」完全リモート方式でやらざるを得ないと決断し、検討に入りました。担当者間での活発な意見交換と試行錯誤の成果により、遠隔指導用教材動画の制作?配信や、複数の回線で役割分担する授業システムの構築、生中継用端末機器の導入等、様々なアイデアを具体化していきました。ライブ映像と事前収録の教材を織り交ぜながら、そして子ども達との対話も大切にしながらの「ウィズコロナ新様式授業」を現在(2020年10月)まで青森市内小?中学校3校で合計5回実施することができました。「ピンチはチャンス」とよく言われますが、結果的に従来型ワークショップに「イノベーションが起こった」と言っても過言ではないと個人的には思っています。そう思う一方で、この授業が実現できたのは現地の県担当者はじめ先生方やボランティアの方々の多大な尽力のおかげである、とも強く感じています。「リモート=肉体的な労働を伴わない」ような洗練された印象がありますが、現地でのマンパワーの支えなくしては到底実現し得なかったことだろうと思います。人工知能がすでに作曲をしたり自画像を描いたりという段階に突入しているようですが、まだまだ芸術や教育と言った分野では人間に強みがあり取って代わるわけにはいきません。この遠隔授業に真摯に取り組んできたからこそ思うのは、人と人との対話や素材との触れ合いといった本物の生の体験がますます魅力的に、かつ重要になってくるということです。
今後の課題としては、ネット環境や端末機器といった情報通信技術のさらなる充実が求められるでしょう。前日の機材チェックでは正常に動作確認が取れていても当日なぜか不具合が起こったり、動画再生がぎこちなかったり、技術的トラブルの不安は最後まで払拭できませんでした。5G(高速大容量通信規格網)が普及すれば劇的に変わることなのかもしれませんが…。
来年度以降は、子ども達がつくった網をつなぎ合わせた巨大な漁網で地引き網をして海の幸を食し、その後その記録とともに青森県立美術館で展示をする予定です。さらに展示後は、その漁網に草花や樹木の種子を漉き込んだシードペーパーを取り付けて青森県内の各所に植栽していくことを考えています。持続可能型プロジェクトとして「縄文→現在→未来」へと、青森人の営みの素晴らしさを次世代に繋げていきたいと思っています。
プログラムに興味のある方は下記URLをぜひ見ていただき、美教までお問い合わせください!
https://www.facebook.com/aomorijomongyomo/
https://www.pref.aomori.lg.jp/bunka/culture/aomori_jomon_gyomo.html
https://iloveyou.geidai.ac.jp/schedule/26/
2020年8月18日 青森市立三内西小学校(6年生80名)との遠隔授業風景
写真(上):2020年9月8日 青森市立三内中学校(2年生101名)との遠隔授業風景@第5講義室
役割分担(左奥:メイン教師係、中央奥と右:生徒個別指導係、左手前:全体統括)
中央下挿入画像:生徒個別指導収録画面より。手持ちカメラとマイクで生徒と対話しながら個別指導。
【プロフィール】
渡邉五大
東京藝術大学美術学部芸術学科美術教育研究室准教授
1992年 東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了
2019年 東京藝術大学美術学部芸術学科美術教育研究室准教授
前職は神奈川県立高校教員。
近年は主に美術家グループ「力五山 (加藤力 渡辺五大 山崎真一)」として活動。
越後妻有アートトリエンナーレ2018、奥能登国際芸術祭2017等に参加。