新型コロナウイルス拡大が始まってから半年以上が経った。大学も、学会や研究会などのイベントもほとんどオンラインになったので、朝から晩までパソコンのスクリーンを眺めている日が増えた。特にZOOMやGoogle Meetのようなオンライン会議サービスは、仕事の欠かせないインフラとなった。
もちろんフラストレーションがないわけではない。社会的関係において、重要なのは必要な情報の交換だけではなく、むしろそれを取り巻く有機的なコミュニケーションである。休憩の間に交わされるたわいもない雑談、あるいは授業や会議が終わった後の食事や飲み会に、思考のための重要なヒントや次のステップのためのクリエイティヴな種が紛れ込んでいる。オンラインのコミュニケーションは、ざわついたノイズをカットしてしまう。これからの課題は、そのノイズをいかにオンラインにおいても確保することができるのか、ということだろう。
ところで、必ずしもオンラインの普及は否定的なことばかりではない。実際学生に意見を聞いても、講義についてはオンラインの方が理解が深まるという声も多く聞かれる。オンデマンドで授業時間をフレキシブルにすると、有効に時間を活用することができる。私の属する音楽環境創造科(音環)、国際芸術創造研究科(GA)は千住にキャンパスがあるので、移動の時間がなくなったことに対する肯定的な意見もある。
自分の経験からすると、確実にこれまでの学生との関係が変わった。これまで対面の授業の時には、ほとんど発言しなかった学生が突然オンラインで元気になるという例は少なくない。話すのは苦手だけどチャット機能を使ってあれこれ意見を書いてくる学生もいる。その逆にオフラインの時には目立っていたのに、オンライン化したら突然存在感を失うというパターンもある。
いずれにしてもZOOMに見られるような同じ大きさの長方形によって構成されるグリッドの画面は、人々の存在を均質化し、その関係性をフラットにした上で再配備したのである。
オンライン授業や会議の突然の全面化は、距離の概念を一変させた。私の授業にアメリカやヨーロッパ、アジアの研究者がゲストで遊びに来ることが増えた。その逆に私自身が、アメリカやアジアの大学の授業に招かれて突然乱入することも増えた。東京、ロンドン、香港をつないでシンポジウムをするなどというグローバルなプロジェクトも日常的な営みになりつつある。
直接会って時間を過ごせないのは寂しいけれども、オンラインの持つ手軽さは同時に捨てがたい。おそらくコロナウイルス感染の拡大が収まっても、オンラインの便利な点を経験してしまったあとでは、もとの状況に100%戻ることはないだろう。
こうしたことを考えながらGAの院生たちと一緒に「COVID-19時代における文化芸術プロジェクト(通称 Arts in COVID-19)」というプロジェクトを始めた。これは、新型コロナウイルスの感染がしばらく続くことを前提とした上で、どのような芸術文化のあり方が可能なのかを探るプロジェクトである。
ちょうどこの原稿を書いている11月9日(月)-15日(日)には、その一環として赤坂のゲーテ?インスティトゥート東京の協力を得て、「COVID-19 コロナ禍における文化芸術」と題した複合イベントを開催している。これは、イギリスや香港の研究者やアーティストなどを招いたオンラインのシンポジウムを開催しつつ、学生たちが企画した展覧会やパフォーマンス、コンサートの運営しつつ、実践的にコロナ禍における文化芸術のあり方を考えようというものだ。
もちろん、新型コロナウイルスをめぐる見通しは依然として明るくはない。ヨーロッパやアメリカでは再び感染が拡大し、多くの大都市では再びロックダウンが始まった。文化や芸術をめぐる状況はまだ先がみえない状況だ。
その中で、私たちに何ができるのだろうか。さまざまな分野、領域の人々、そして次世代を担う学生たちといっしょにこの逆境をチャンスに変える方法について考えていきたい。
(2020年11月10日 イベント会場で行われたパフォーマンス「孵化器?ドアの翅」
今井祥子、
「COVID-19時代における文化芸術プロジェクト」HP
https://www.artsincovid19.geidai.ac.jp
ゲーテ?インスティトゥート東京との共同イベント「Arts in COVID-19 コロナ禍における文化芸術」
https://www.artsincovid19.geidai.ac.jp/post/artcovid19evet?
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【プロフィール】
毛利嘉孝
東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科/音楽学部音楽環境創造科 教授
1963年生まれ。社会学者。文化/メディア研究。京都大学経済学部卒。ロンドン大学ゴールドスミス?カレッジPh.D(. 社会学)、MA (メディア&コミュニケーションズ)修了。九州大学を経て現職。特にポピュラー音楽や現代美術、メディアなど現代文化と都市空間の編成や社会運動をテーマに批評活動を行う。主な著書に『バンクシー:アートテロリスト』、『文化=政治 グローバリゼーション時代の空間叛乱』、『ストリートの思想 転換期としての1990年代』、『はじめてのDiY』、『増補 ポピュラー音楽と資本主義』、共著に『入門 カルチュラル?スタディーズ』、『実践 カルチュラル?スタディーズ』、『現代思想入門 グローバル時代の「思想地図」はこうなっている!』、『ネグリ、日本と向き合う』など。編著に『アフター?テレビジョン?スタディーズ』など。