母校の音楽教育研究室に奉職して15年目を迎える2020年春、思いがけず音楽学部附属高校の校長を拝命することになった。同校は、その4年前から文科省のSGH(スーパーグローバルハイスクール)の指定校としての教育研究に取り組んでおり、最終年度を迎えるところだった。SGH事業の柱の一つである9月の演奏研修旅行では、ハンガリーとオーストリアを訪問することが決まっており、これから世界を視野に入れた教育研究活動に参加するのかと思うと、身が震えた。
ところが、COVID-19の拡大によって、事態は一変する。緊急事態宣言を受けて、学校は臨時休業となり、入学式の中止が決定した。新入生との対面も果たせぬまま、5月中旬には手探りの状態で遠隔授業が開始された。
オンラインでは授業として認められない!?
6月初旬、ようやく対面授業が再開される。高校では、「出席」の概念が大学と異なるため、遠隔授業では「出席すべき日数」としてカウントされない。つまり、いくら遠隔授業を行っても授業をしたことにならないのである。そのため、早い段階で腹を括り、対面授業に切り替える必要があった。それでも、生徒たちの安心、安全な学校生活を守るため、最新の情報を収集し続けた。連日、何十通ものメールが飛び交い、絶えず迅速な判断が求められた。
感染拡大防止対策の徹底はもちろんのこと、業務用換気装置や二酸化炭素濃度の測定器、センサー式水栓の導入など、次々とアイディアが実現しつつある。「ピンチをチャンスに!」という気概をもって教職員が一丸となったことに救われている。
慎重かつ大胆に
昨年7月の公開実技を皮切りに、9月の定期演奏会、10月の教育実習など、徐々に行事も戻ってきた。陽性者を出さないことを目的に、すべての行事を取りやめるようなことがあってはならない。そうかと言って、ここでクラスターを出すわけにはいかない。教職員はもちろん、生徒や保護者、大学関係者にも、納得できる形を模索し続けてきた。
例えば、2021年に挙行した卒業式では、ホールの換気能力と収容可能人数との関係から、在校生によるオーケストラ演奏は例年どおり実施する一方で、式辞、祝辞、送辞、答辞など、すべての「辞」を2分とした。当初は、何とアンバランスな時間配分かと思ったが、実施してみると精選された言葉が紡がれるという好結果をもたらした。個性が、制約の型を打ち破って花開くのを実感した瞬間であった。
見方?考え方としてのグローバル
他方、演奏研修旅行など、実現できなかった行事も多く、生徒たちには申し訳ない思いでいっぱいである。SGHの活動としては、海外の一流演奏家による遠隔レッスンや外部機関の語学講座など、今後につながる新たな取組も見られたが、実際に海外に出かけることはできず、焦りを感じていた。
しかし、SGH事業の本来の目的は、高校生が今、世界に打って出ることではなく、将来、国際的に活躍できる人材を育成することにある。つまり、社会的な課題に関心をもったり、コミュニケーション能力や国際的な素養を身に付けたりすることが重要なのである。このように見方を変えることで、これまでの5年間に積み上げてきた本校のあらゆる取組が、SGH指定校として十分に価値ある営みであったことに、改めて気づかされた。
音楽教育者としての成長を目指して
早くも校長として2回目の4月が巡ってきた。少しでも教職員が主体的に動きやすくなるよう、そして教職員の声や生徒の様子が私にも届きやすくなるよう、若干の組織変更を行った。まだ1ヶ月ほどではあるが、生徒たちの主体性を促す雰囲気が増して、期待以上の成果が得られているように感じている。
コロナ禍で奮闘する「チーム学校」の一人のメンバーとして、今ここで学んでいることにはすべて、大学院のゼミや教職の授業にも還元されるべき知恵がつまっている。音楽教育の研究者、実践者として成長する機会を得たと考えて、校長としての務めを果たすべく、最大限の努力を払っていきたい。
写真(上):第65回卒業式(2021年3月9日、201ホール
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【プロフィール】
山下薫子
東京藝術大学音楽学部教授/東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校校長
東京藝術大学音楽学部器楽科(ピアノ専攻)卒業、同大学院音楽研究科(音楽教育研究領域)博士後期課程満期退学。静岡大学教員を経て現職。
主な編著書に『ジュニア楽典』、『新ジュニア音楽辞典』、『ON! 1』(以上、音楽之友社)など。『小学校学習指導要領解説 音楽編』作成協力者(平成20年、平成29年)、中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会芸術ワーキンググループ委員(平成27年~28年)、『季刊音楽鑑賞教育』編集委員、かながわ音楽コンクール?ユースピアノ部門審査委員長(2021年)などを歴任。