鋳金研究室に着任して1年が経つ。18年ぶりの古巣だったが、工房の設備や実習内容は昔と比べて大きな変化は無く、すぐに慣れることができた。ただ、タイミングが良くも悪くも前職の関係からある事業を任されたことで、着任1年目は怒涛の日々となった。前職では“藝大ファクトリーラボ”の特任助教として、取手キャンパスの共通工房を基点とした様々な事業をマネジメントしたり、制作者となったりして進めていた。そのご縁で取手市から現在再開発している駅西口の時計塔を藝大で制作してほしいとの依頼を受けたのだった。このコラムでは、先日完成したこの時計モニュメントについて紹介したい。
取手に住み始めて今年で17年目になり、だいぶこの土地にも馴染んできた気がする。特に藝大があり私が住んでいる小文間は古い土地で大きな木を囲む森が点在する(私の家からは頻繁にフクロウの声が聞こえる)。川も近く生物の生息地と人々の生活圏が近い。そんなイメージを具現化するため、一緒につくること「協働」によって、この風土の中で共に生きていくこと「共生」を形にできないかと考えた。取手市の文化芸術課の協力を得て、市内の小中学校すべてに、また、駅ビルのアトレ内にある“たいけん美じゅつ場”にも募集箱を設置して、一般からも図案を募集した。内容は、「あなたが取手で見た動物、植物、昆虫などを絵で描いてください。どこで見たか、その時どういう気持ちだったかも言葉で書いてください。」というもの。その結果、600超もの個性溢れる図案が集まった。これは嬉しい悲鳴で、全てを形にすることはできない。断腸の思いで選抜した82個のモチーフのたどたどしくも魅力的な、味わいのある鉛筆の線を丁寧にレリーフに起こした。左右に配した鳥は空間へと、月は時間へと広がるイメージに繋がる。それらが集まって時計の周りを囲み1本の樹の姿となる。アルミニウムの鋳造は全て上野の鋳金研究室でスタッフや学生と共に行い、仕上げや溶接は取手の共通工房で行った。つまり純藝大産である(時計本体はシチズンTIC株式会社に委託した)。この82個のモチーフにはそれぞれに、この土地と今という時間に結びついたストーリーが含まれている。この制作に関わりをもってくれた沢山の人達が、この時計モニュメントがどのようにつくられたかのストーリーをも語り継いでいってくれたらと思う。
さて、今回の仕事を終えて更に欲を言えば、学生との協働をもう少し深めたかったこと。募集した図案が物語る多様性や、地域性と結びついたモニュメントのあり方を考えたりする時間を共有したかった。それはまた次の機会への課題としておこう。
時計モニュメント「共生の樹」
寄贈:キヤノン株式会社/制作:東京藝術大学 三枝一将/図案協力:取手市民と市内の小中学校のみなさん/デザイン協力:巽水幸/鋳造サポート:南時俊、見目未果、堀田光彦、金孝眞、鋳金の学生のみんな/仕上げサポート:中根絢女、寺内木香、大竹麟花/溶接:田中航/時計部:シチズンTIC株式会社/協力:取手市文化芸術課、取手市区画調整課、たいけん美じゅつ場?
【プロフィール】
三枝一将
東京藝術大学 美術学部工芸科鋳金研究室 准教授
1971年神奈川県生まれ。1995年東京藝術大学美術学部工芸科鋳金専攻卒業。1997年同大学大学院美術研究科修士課程修了(鋳金)。1997年?2005年同大学の助手、非常勤講師を歴任。2006年?2009年同大学工芸科助教。2014年より1年間、文化庁新進芸術家在外派遣研究員としてイタリアで研修。2017年より藝大ファクトリーラボの発足を主導。2022年藝大ファクトリーラボ特任助教。2023年4月より東京藝術大学美術学部工芸科鋳金研究室准教授。
1997年サロン?ド?プランタン賞(修了制作)。2000年第5回 アート公募 準大賞。2008年金沢まちなか彫刻作品国際コンペティション2006最優秀賞。2013年第29回公益財団法人美術工芸振興佐藤基金淡水翁賞最優秀賞。
鋳金造形を主軸とした工芸作品からモニュメント、インスタレーション作品の制作のほか、研究では鋳造技術史の実証研究(近年では中世の鋳造仏)や、バシェ音響彫刻のアーカイブなどを行っている。