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藝大リレーコラム - 第七十五回 萩岡未貴「大切な当たり前」

連続コラム:藝大リレーコラム

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第七十五回 萩岡未貴「大切な当たり前」

「自分の言葉で、話しましょう。」

学生さんにこう話し掛けて、私の常勤講師の日々は幕を開けました。

邦楽科山田流箏曲の萩岡未貴と申します。

新年度を迎えるに当たって、新任である私から学生さんへの第一声は、始めが肝心だと、色々と書き出していました。その内容は、私が学生?助演?非常勤講師と今年度で、藝大に21年間通う中で、学生さんの様子の変化、時代の変わり目、肌で感じてきた様々な流れを振り返り、足すべきこと、変えたい風潮等、現状を補正するものがほとんどでしたが、入学式に自然と選んだのは、「自分の言葉で話しましょう」という、もちろん演奏にも通じる様々な願いを込めて贈った言葉ではありますが、あまりにも基本的でシンプルな選択に、私が一番驚いています。

そういえば、私が通っていた小学校には、今でも空で言うことが出来る「5つの約束」がありました。「親切にします」「正直にします」「礼儀正しくします」「よく考えてします」「自分のことは自分でします」。当時は、こんなに当たり前のことなのに、どうして敢えて約束ごとにするのだろうと不思議に思っていました。ですが、大人になり、こうして、新たな一歩を踏み出す私が選択したのも基本的な言葉であった時、ハッと気付かされたように思います。当たり前のことがいかに難しく、自然にできることが尊いことかを。

さて、レッスンの日は、学生さんがお部屋や楽器の準備をしてくださいます。箏に柱(「じ」…箏柱とも言い、絃を持ち上げ、チューニングをする為の雁の形をした大切な箏の部品)を立てる、三絃(三味線)の糸をかえて駒をかける、調子をとる(チューニング)等、箏曲の者であれば、誰しも自身が演奏する時にも必ずやる仕度ですが、そのルーティンを人の為にやる時にどうなるか、私には、その学生さんの人柄や、どんな気持ちでその空間に居たかが面白い位わかる材料になります。そして、「今日は〇〇さんだな」と大当たり(笑)。感じ取れる心配りに温かい気持ちになることもあれば、逆も然り…(笑)。誰にも見られていない所こそ、多くが見えてくるものです。また子供の頃、絃を押して柱を倒してしまうと、楽器に中途半端な気持ちで接しているからだ、とすごく叱られました。楽器の方にも、使い手の内面を見極める魔力の様なものがあるのだと心しています。楽器に向き合う姿勢をはじめ、その他余念なく直向きに打ち込むことができた時、大勝負の一番で、芸術の神様は味方になってくれるのだと思います。どこまで行っても「芸は人なり」。人が奏で、人が演じ、人が描き、人が生み出します。分野を越えて分かり合える時も、傷つけてしまう時も、本当に些細な歯車の具合によって生じます。学生さんも、そして教職員側も、全ての芸術分野への敬意を忘れないこと、全ての分野において共通するものすごく大切なことは、きっとどれも、とても当たり前なことばかりなのかもしれない と今私は思っています。

レッスン風景

筆者


【プロフィール】

萩岡未貴
東京藝術大学 音楽学部邦楽科 准教授 幼少より、父 4代萩岡松韻(山田流箏曲萩岡派家元)に手ほどきを受ける。その後 山田流箏?三弦を鳥居名美野に師事。長唄を杵屋五三遊?3代杵屋五三郎に、河東節を山彦節子、荻江節を2世荻江寿々に師事。東京藝術大学音楽学部?修士?博士課程修了(博士号取得)。同大学非常勤講師をつとめる。2019年5代萩岡松柯を襲名。「第23回日本伝統文化振興財団賞」「第74回文化庁芸術祭新人賞」2023年「第43回伝統文化ポーラ賞奨励賞」。 萩岡會、山田流箏曲協会、(公社)日本三曲協会、箏曲新潮会、現代邦楽作曲家連盟会員。