本学は8月3日、「東京藝術大学×東京大学 無料公開ウェビナー」を開催しました。本学からは、SDGs推進室長の国谷裕子理事、日比野克彦美術学部長、東京大学からは五神真前総長、東京大学グローバル?コモンズ?センター(以下、CGC)ダイレクターの石井菜穂子理事が登壇し、本学学生も交え、「アートを通してSDGsを考える」と題して意見を交わしました。
本イベントのきっかけは、CGCから本学へ依頼されたロゴデザインの制作。本学は学生たちの参加を得て、CGCの地球環境問題を中核テーマにしたSDGsへの先進的な取組みを学んだ上でロゴデザイン制作を行い、SDGsの達成に資する人材育成の推進となりました。
本ウェビナーは以下のリンクよりアーカイブ視聴が可能です。
◆登壇者(50音順)
石井菜穂子(東京大学理事、グローバル?コモンズ?センター ダイレクター)
石川真悠(東京藝術大学学生、ロゴデザイン制作者)
国谷裕子(東京藝術大学理事、SDGs推進室長)
五神 真 (東京大学大学院理学系研究科教授、前総長)
日比野克彦(東京藝術大学美術学部長)
国谷 ―
今日はこれから、東京大学と東京藝術大学が連携して制作した、「東京大学グローバル?コモンズ?センター(以下、CGC)」のロゴのお披露目と、「アートを通してSDGsを考える」と題したウェビナーを行います。
実はSDGsの17のゴール、169のターゲットの中には芸術という言葉がありません。SDGs達成に向けてアートや芸術は何ができるのか。現在、人類の生命を維持してきた地球の回復力が次第に失われ、このままでは私たち人類が立ちゆかなくなるのではないかという危機感があります。そういったなかで様々な革新的なイノベーションや行動変容がスピーディに求められる時代です。アート=芸術がSDGs達成に向けてどんな役割を果たせるのか考えて参ります。
国谷 ―
ロゴの発表の前に、藝大がCGCのロゴ制作を行うことになった経緯を簡単にご紹介します。最初に、CGCのダイレクターの石井先生から、今後、国内外の会議などを通じて発信していく過程でロゴが必要になるというお話がありました。それでは、東大と藝大が連携して制作しようということになり、藝大美術学部デザイン科の松下計教授の研究室の協力を得て実現しました。CGCの関係者によるレクチャーによって、ロゴデザインを行う藝大の学生たちは「グローバル?コモンズ」についての理解を深め、その上でロゴを制作しました。ロゴの最終選考は石井先生をはじめとするCGCの関係者の方々によって行われました。
では選ばれたロゴをご覧ください。
国谷 ―
制作した石川真悠さん、これは手描きですか? インスピレーションの源になったもの、モチーフは何ですか?
石川 ―
手描きで何個も描いて、それを試行錯誤して最終的にデジタルに描き起こしました。私は自然のなかに入って遊ぶのが好きなので、日本や海外の自然からインスピレーションを得ています。
このロゴのコンセプトは、大地に根を張っている木々はどんどん成長していって、最終的には大きな年輪を描くものになる。同じように研究者の皆様も日々研究をしていて、その積み重ねでどんどん年輪のようになっていくということで、年輪に喩えています。
国谷 ―
石川さんは藝大の山岳部に所属されて、よく山に登って写真を撮っていらっしゃるそうです。
色はブルーやグレー、真ん中はちょっとオレンジがかった赤ですか。
石川 ―
土や水、氷、太陽、海などの自然界のさまざまな要素が感じられるような色を使って表現しています。
太陽だったりマグマだったり、見る人がいろんなふうに感じられるようにデザインしています。
国谷 ―
やはりこうしたイメージにたどり着くまでいろいろ試行錯誤があったと思いますが、石井さん、いろいろな案が提出されたわけですよね。
石井 ―
そうなんです。最終選考に残った案が6つあり、そのどれもがすごく違っていて、すごく力強いメッセージでした。研究室のメンバーの意見も全然違ったので、選考はものすごく難しかったです。でも最後は私の好みで決めさせていただきました。私はこのロゴを、世界の人々に「グローバル?コモンズ」を訴えかけていくことに使いたいので、私自身が一番オーナーシップを持てるもの、そういう気持ちになれるものということで採用させていただきました。
国谷 ―
五神さんはCGCを設立されたご本人ですが、このロゴはいかがですか?
五神 ―
私はCGCには特別な思い入れがあります。今年の3月末で6年間の総長任期を終えたのですが、総長に就任した初年度に石井さんと対談しました。地球環境のことを心配して活動されている石井さんのお話を聞いて、これは大学の出番だ、総長として何とかしなければいけないと考えたのです。東京大学は「社会をよくすることの中心になる」という目標を掲げています。その実践の一つとして、総長任期の最終年に実現したのがCGCでした。このCGCの活動について、国内だけでなく海外からもいろいろと話を聞きたいと言われていて、それにはロゴが必要だということになりました。「グローバル?コモンズ」というのは非常によい考えだということは皆さんにおわかりいただけるのではないかと思いますが、私たちだけでロゴを考えると、東大らしく理屈っぽくなってしまいがちです。それを藝大の学生がどう捉えて形にするのか楽しみにしていました。
国谷 ―
私はこのお話をいただいて、日比野先生にご相談したんですけれども、快諾していただきました。こういった東大と藝大の連携はいかがですか?
日比野 ―
東大は藝大から近いんですよね。これまでも教員ごとの交流はたくさんあったと思います。今、五神先生が「東大らしく理屈っぽい」と言われましたけれど、藝大は「藝大らしく理屈っぽくない」のです。これまではあまり表だって組むことはなかったけれど、やはりこういった多様性が求められる社会になると、この2つが組むことで今まで見えなかったものが見えるようになるのではないかと思っていました。そのタイミングで、理屈っぽいものを理屈っぽくなくスコーンと見せてくれと言われ、そういうことなら藝大でできるのではないかということで、デザイン科の松下先生に相談して、今日に至ります。
国谷 ―
「グローバル?コモンズ」について、石井さん、ご説明いただけますか?
石井 ―
「グローバル?コモンズ」は全ての生命体を支えている非常に重要な、人類と生物の共有財産です。ところが、この共有財産を私たち自身が壊し始めてしまっているという、人類史上最大の危機にあります。ちょっと理屈っぽくスライドでご紹介します。
人類と地球の関係を見直すときに、少し長い目で見たいと思います。地球が生まれたのが46億年前、人類の直接の祖先が生まれたのが20万年ぐらい前と言われています。その歴史を見ますと、私たちが享受している文明が生まれたのは約1万年前。46億年とか20万年と比べたら瞬きのような時間です。なぜかというと、その20万年の人類史を見ると地球の温度はものすごく上がり下がりが激しくて、しかも寒かった。ところが過去1万2千年の間、完新世(かんしんせい、Holocene)というところだけ奇跡的にプラスマイナス1度ぐらいのところで温暖に安定していたんです。この完新世の間に人間は農耕を始めて都市に住むようになり、人口が増えて分業が始まり、そして化石燃料も見つけ、すごく大きな経済成長が始まった。逆に言うと、私たちの文明は完新世の瞬きの間ぐらいの時代しか知らないということです。
しかしこの経済成長はただで行われたものではなく、実は私たちを支えている地球の安定的なシステムを食いつぶしながら行われてきたということが最近わかるようになりました。特にみんなが心配している気候変動、温暖化の問題、それから生物多様性の喪失とか、海の汚染、土壌の砂漠化等々、私たちを支えてきた快適で安定的な回復力のある地球環境というものを壊しているのが現状です。
この地球システムを分析している科学者たちが、このままいつまで行けるのか、どのようなシステムが大事なのかを特定しようとしたのがPlanetary Boundaries(プラネタリー?バウンダリー)の図です。地球の安定にとって必要な9つのシステムを特定して、その限界点との関係で私たちが今どのくらいのところにいるのかを測定したんです。この赤くなっているところが、地球のキャパシティを越えているところ。緑は安全。現在、多くのシステムで臨界点を越してしまっているか、あるいは黄色の非常に不確実な状況になっています。今の私たちの経済社会の在り方が、完新世の地球システムを壊し始めているというのが「グローバル?コモンズ」の出発点です。
地質学者たちは、私たちはもうこの完新世を去って、今は人新世(じんしんせい、ひとしんせい、Anthropocene)、人類というただ唯一つの種が地球環境を変えてしまっている、そういう地質時代に入っていると言っています。
このままいつまで行けるのかという危機感はやはり全世界で共有されてきて、2015年には世界的に重要な2つの合意ができました。パリの気候変動の合意とSDGsです。SDGs は17のゴールがあって、基本的には人間と地球の関係を考え直そうというものですが、この17のゴールをバラバラに見るのではなくて、ひとつの体系だった形にしたのがSDGsのウェディングケーキ、右の図です。これを見ると、ケーキの最下層、基礎の部分は安定した地球、先ほどのPlanetary Boundariesになっている気候変動や生物多様性とかのゴールで、それが守られてその上に包摂的な社会とか持続可能な経済とかが乗ります。
国谷 ―
SDGsの17のゴールのうち4つが、この基礎ですね。水とか、気候変動、海や陸の生物多様性。
石井 ―
はい、それがきっちり守られないと、その上にいくらゴールを並べようとしても“絵に描いた餅”になってしまうので、まずはこの基礎の部分をしっかり守ろうということです。それでCGCを東大に作ってもらいました。
国谷 ―
つまり「グローバル?コモンズ」が守られて、その上に社会や経済が可能になるという図式ですね。
石井 ―
そうですね。この基礎の部分を、私たちの経済や社会が壊し始めていることが問題です。私たちも昔は村の共同体があって、村民が共同で管理している牧草地とか川とか水といった共有財産=コモンズがあった。それは村というコミュニティのなかでは守られていたけれど、ところがこの守るべきコモンズがグローバルな地球システムとか、気候システムとかになった途端に、それを守るという共通の責任をどこかに置き忘れてしまった。そしてやりたい放題、好き放題にやるようになって、その結果として皆で守り育てるべきグローバルなコモンズを見失ってしまった。CGCのゴールは、昔の人たちが持っていた「みんなで共有財産を守ろう」という気持ちをグローバルな規模で取り戻すこと。それに向けて共有意識を作り、みんなで共に動くシステムを作っていくことです。
国谷 ―
石井さんがおっしゃったように、私たちは難しいことを突きつけられています。これまでは私たちが安全に生きられるように地球の様々なシステムが機能していましたが、人間の力が大きくなった今では、私たちがスチュワードシップを持たなければいけない。初めての経験をするわけですよね。
石井 ―
そうなんです。私たちは恐るべき時代に生きていて、46億年の地球の歴史、20万年のホモサピエンスの歴史のなかで人間という唯一の種が地球を壊し始めている。私たちが地球を変えたのだから、今度は私たちが変わらないと、地球と人間のよい関係は取り戻せない。そういう意味で今からやろうとしていることは、地球と人間の関係の見直し、リデザインだと思います。
国谷 ―
それを象徴するロゴを作った石川さん。何か感想はありますか?
石川 ―
今のお話を聞いて、普段の制作にもつながるところがあって、感銘を受けました。山里に入ると、昔は村だったけれど今は手付かずになっている場所があって、そういった場所はどんどん荒れて行ってしまう。今の話を聞いて、うまく山とか町などが守られていくためには、人の手が大事なんだなと改めて感じました。
国谷 ―
先ほどご紹介できなかったんですけれど、石川さんが撮影された写真も拝見したいです。
石川 ―
海とか岩山、これはノルウェーの不思議な模様が入った岩です。時の流れで変化していく高原、様々な色を見せてくれる空、いろいろなものが自然界にはあります。ロゴのなかに、そういった要素を入れられたらいいなと思いました。
国谷 ―
ありがとうございます。石川さんは自然のなかで感じたことを制作に生かしました。今後、私たち人類は自然と向き合わなければいけません。今その気持ちがつながったように感じました。
国谷 ―
SDGs達成に向けて働いていかなければならない時代のなかで、芸術=アートに何ができるのか、どのように貢献できるのだろうかということを話し合いたいと思います。
SDGsの17のゴールに、具体的に芸術という言葉は一つも出てきませんが、日比野さんはどう考えていらっしゃいますか? 藝大の先生方とお話しすると、2015年に国連でSDGsが採択された以前から、いろいろな社会活動、芸術と社会がつながる活動を行っていたことがうかがえます。
日比野 ―
SDGsの取組みについて、最初は国谷理事と藝大ではない場所でお話しする機会があって、じゃあ藝大ではどんなことができるんだろうと考えました。17のゴールには芸術という言葉はないけれど、逆に「しめしめ」と僕は思った。カテゴライズされているもののなかに芸術は入りにくい。じゃあどこにあるのかということを考えたときに、ゴールを達成するのは人間じゃないですか。人間が行動変容、生活変容をしないと達成できない。その人間がゴールを達成したいという気持ちになるにはどうしたらいいか。「テストで100点獲ろう!」というような数値的な目標だけでは達成できない。本当に心の底から「そうしたい、そうしなきゃだめだ」という気持ちが生まれて心が動かないと、ゴールを達成しても先に続いて行かない。そう考えると、芸術は人の心を対象としている。さっきの石川さんの写真を見たときみたいに、すごいな、きれいだなって心が動く。心を動かすことは芸術の得意なところなんです。だったらそこに接続する部分は必ずある。今は、「芸術は社会のためになっているのか?」というような風潮があるけれど、それは今までの藝大の歴史のなかで達成してこなかった部分があるからハードルがあるのかもしれません。でも芸術こそがまさに、行動をする人間の心を動かし、SDGsとか社会的な大きな課題を解決するために必要なんだということを、大学としてきちんと発信していこうと動き始めていたところです。
国谷 ―
藝大もこの6月にSDGs推進室を作り、大学のどういう取組みがSDGsに資するのかということを整理して、ビジョンを作りアクションプランにつなげようとしているところです。
五神さんは理屈っぽい東大とそうでない藝大というお話をされましたが、今回の連携についていかがですか?
五神 ―
6年前に総長になった2015年に「東京大学ビジョン2020」を作りました。藝大もそうだと思いますが、先生方が個々バラバラに好きなことをやるのが大学なので、普通にビジョンを掲げるだけでは、ランダムな先生方の活動からビジョンに沿った何かを生みだすことはできません。それではまずいなと思い、個々が自由にやりたいという気持ちを活かしながら、高いレベルで皆が共有できる理想を具体的に示そうと考えました。そこで、目標をリストアップしていたのですが、ふと横を見ると、その年に国連がまとめたSDGsがあり、我々のリストとほとんど共通していたのです。そこで、SDGsと歩調を合わせ、「人類の未来に貢献する『知の協創の世界拠点』」というビジョンを考え、まず学内で提案してみました。すると、先生方が「学問は人類のためだけにあるのではない」、そんな狭いものでは嫌だということで、「地球と人類社会の未来に貢献する『知の協創の世界拠点』」と修正してビジョンを公表しました。地球という文言を追加することで、SDGsとの親和性はいっそう高まりました。
その後2016年にブレクジットや米国の大統領選挙があり、世界全体が分断に向かうような大きな力が働いていることを実感することになります。同時に、地球環境の問題はどんどん深刻になっていきました。サイエンスとテクノロジーで新しい知を生みだすことはものすごく重要ですがそれだけでは足りません。どういう法規制、社会システムを作るかも大事だし、みんなが主体的に参加したいと思えるような経済システムも創り出さないといけない。その3つを強く連関させてよい社会を意思をもってつかみ取らないといけないのです。こんな話をしていると、今度は、「“よい”とは何ですか?」という質問が人文系の先生から飛び出しました。理系の研究者である私にはあまり考えたこともない難しい問いです。
結局、今日比野先生がおっしゃったように、人や社会をあらためて見直して行動変容を促すことが必須なので、まず人を理解しなければいけない。感情や感性にどう働きかけるか、人間とは何かということを最初からきちんと考えなければいけなかったのだという思いに至りました。CGCが立ち上がった頃にはそんな風に考えるようになっていたのです。そのタイミングで、ロゴ制作で藝大とコラボできるというのは、私にとって実にタイムリーなお話でした。
国谷 ―
持続可能な地球と我々の社会、そして誰ひとり取り残さないというのがSDGsが求めるものですが、頭でわかっていても居心地がよくて便利な今のシステムをなかなか変えられない。変えないといけないこと、違った社会、違った方向性があることをどのように問いかけ、認識を共有してもらえるのか。日比野先生は様々なチャレンジをされていらっしゃいますが、容易ではないですよね?
日比野 ―
例えば学校では主要な5教科があるし、官庁はいろんな省があって、カテゴライズされている。カテゴライズされていると目標は立てやすいし数値化しやすい、前年度と比較しやすいしグラフにしやすい。でも、本当にそれでいいのか? そうじゃないということにみんな気が付いてきた。カテゴライズされているものだけじゃなくて、もっと滲んでいるところがある。そこも大事じゃないかと。じゃあ今度はビッグデータで検証してみようって、また数値化するんだけど、物事の背景にはそういうカテゴライズできない世界がある。それが芸術なんです。
日比野 ―
SDGsの17のパレットのマークはみなさん知っていますよね。本当に17の目標だけでいいのでしょうか? これは今、藝大の美術館でやっている展覧会なんですが(会期終了)、メインビジュアルはこんなマークです。この真ん中の滲んでいるところが、さっきお話した人の心です。人の心は何色にもなる。人によって違うし、時間によっても違う。絶えず動いている。その人の心が17の的の素にあって、行動変容を起こすきっかけになっていく。藝大は美術だけでなく音楽、映像も、日頃やっている活動はみんな人を相手にして表現し、心を動かすきっかけを作っている。展覧会ではその心を動かすことによって、どんな的に近づいていくのかを見せています。
右上の写真は日本サッカー協会と藝大の取組みで、感覚が過敏な子どもたちがどうやったらスポーツ観戦できるか考え、センサリールームをデザイン科の先生と一緒に作りました。左下は盲ろう者の「指点字」と観客との出会いをめざした《Finger Braille Piano》です。この展覧会は藝大の学生?卒業生?教職員から公募して、国谷さんとかSDGsの専門家の方々に審査していただき、そこで選ばれた作家?研究室に助成をしています。
芸術がどうSDGsに接続していくか、藝大がこれからやるべきことはたくさんありますが、理屈も必要なんです。理屈があると「やらなきゃ」という気持ちになる。
東大の研究室は、先生、助手、学生が皆で同じ研究すると思いますが、藝大は個々の先生がやりたいことをやるから引き継いでいくのが難しい。当然、石川さんも先生がいますが、やっていることは先生とは違う。先生から教わる部分もあるけれど、先生とは違う自分がいるのが藝大なんです。だから個々の取組みを引き継ぐことは難しいけれど、もっと大きな共通の意識として、「人類のためだけじゃない、地球のためだ!」っていうのは、まさに芸術もそうなんです。
人の心を生みだしたのは地球の環境だと思います。地球の歴史のなかであるとき偶然人間が生まれ、さっきの石川さんの山の写真とか海の写真とかにあるような景色を見て、そこで感情というものをプレゼントしてもらった。その感情があるからこそ、人間同士の関係が築かれ、喜びや憎しみもあったりしながら、今の社会が生まれてきた。AIに心が宿る、という研究もあるけれど、AIは地球の環境ではない別のサテライトで育っている。でも我々の心は、すごい時間をかけて地球からもらった大きなプレゼントです。そんなプレゼントをくれた地球を壊していていいのか。それは自分の心を壊すようなものです。そういう意識を持つことが行動変容につながっていくと思います。
石井 ―
私は本当にこの展覧会のビジュアルに感動しました。やっぱり理屈っぽく考えるとどうしても17の目標になって、頭の中でしか考えられないけれど、今必要なのはそういうタコツボから出て地球と人間の関係を見直すこと。そういう意味でこのビジュアルは本当に的を射ていました。自分達の狭いコンパートメンタライズされた世界から出て、もう一回地球と人間の関係を見直そうという。それからもうひとつ、今日、日比野先生が言ってくださってすごく嬉しかったのは、やっぱり気づき、理屈のところも大事なんです。まずは人間が地球を壊しつつあるということに気づき、それから何をすべきかという共有があって、そして最後は行動変容、まさに共に動くところ。だから私はこの図もすごくいいメッセージだと思います。そこがやっぱり私たちの研究室では難しいところなので、アートに助けてもらえたらと。
五神 ―
今考えなくてはいけないもっとも重要なことは、人間の行動が原因で急激な変化が起き、それがあちこちで深刻な問題を引き起こしているということです。例えば今、コロナのパンデミックで大変ですが、これも一昔前ならある地域の風土病で終わったかもしれません。しかしグローバルに自由に人が動く時代には、ウイルスが地球全体をあっという間に覆ってしまった。地球環境の問題もまさに同じ構図です。コモンズは対象が大きくなればなるほど、守るのがものすごく難しくなる。コモンズは大きくなると必ず悲劇になってしまうと言われています。しかし、我々はそれを乗り越える必要があります。
どうしたら人々が他人ごとを自分ごととして捉えて自ら行動変容ができるのかという課題です。そのときに、人間のことだけを考えていても煮詰まってしまいます。だからその外側の生きとし生けるものすべて、あるいは地球環境そのものも含めた広い視点を持つことはとても大事です。この思いが、藝大のみなさんに非常に自然に受け入れられて、とてもよかったと思っています。
日比野先生の話にもあった、AIとかビッグデータのようなデジタルテクノロジーは、行動変容を促すツールとしても役に立ちます。しかしこれは諸刃の剣で、地球環境をサステナブルにする方向とは逆の方向に加速するツールにもなり得るわけです。だからこそ、これらの意味を真剣に考えて修正したり、新しい方向を切り開いたりしていかなければなりません。そのときに科学技術や社会科学、人文学の研究というだけでは足りなくて、ダイレクトに心に入り込むということについて真剣にコラボレーションすることが、本当に必要だと実感しています。
SDGsの一番大事なコンセプトはインクルージョン(包摂性)ですよね。誰ひとり取り残さない。そこにどうリーチするかというところで、この東大と藝大の接点は歴史的な重要性を持つのではないかと思います。
国谷 ―
やり方を変えるには、イマジネーションや自分たちの組織のなかでは思いつかないようなことでブレークスルーを作らねばならない。そういう意味でアーティストに期待するところがあるのかなと思います。日比野さんは“私たちは本来持っているイマジネーションに蓋をしてきた”とよくおっしゃっています。
日比野 ―
我々登壇者もトークをしながら頭のなかで、「そろそろ腹減ったな」とか「今日の午後はこんなことがあるな」とか、いろいろなことを考えている。そんなことは同時に起こっていて、これが日常です。でも世のなかの進め方って、約束をして、議題を示して、期日と目標値を決めて、成績評価をして…。こんなふうに一直線に進んできたことが危険だと思う。本当は同時に多様なことを処理する能力が人間にはある。目標を立てて1個ずつやろうとするからでこぼこしているけれど、みんなが同時に多様にやり始めれば、「そんな力が我々にあったんだ!」という大きなブレークスルーが来る気がするし、人間はそういう力を持っていると思います。
国谷 ―
どうすれば気づいて、そういう方向に行けるでしょうか?
日比野 ―
すべてのシステムのなかでやり方を変えていくことが必要になると思います。
例えば、さっき石川さんはロゴのモチーフは年輪だと説明したけれど、僕はそれは後付けで、実はあれは彼女のなかにあったイメージだと思う。僕はあの年輪のような部分を見たときに、ちょっと動きがあって柔らかそうで石川さん本人と似ていると、だからこれはいいと思ったんです。アーティストは、シャッターを押すだけでも、線を一本引くだけでも、自分の感情とかこれまでの蓄積が出ちゃう。自分の蓄積というのはDNAだったり親だったり、もっと言えば地球の歴史さえも引き継いでいる。それが出ちゃうんです。彼女になぜこのロゴが描けたかというと、山に登ったり写真を撮ったりして、自然のなかで地球からもらったものをちゃんと意識しているからだと思う。
そういう「言葉にできないけれども、こうかもしれない」とか。「なんとなく」とか。そういうものがたくさん集まれば動き始めると思いますね。
国谷 ―
これから生まれる革新的なテクノロジーやイノベーションをどう人間が使っていくかという議論が、あちこちで始まっていくと思います。アーティストの役割をもっと生かせるようになったらいいと思うのですが。
五神 ―
私は物理学者なので物事を整理してなるべく簡単にするというトレーニングを何十年もやってきましたが、東大総長のような難しい職を6年間務めるなかではそれでは対処できない様々な苦労もありました。その苦労のなかから得たのは、多様性を尊重することが不可欠であるということです。そのためには、違いを感じ、時には驚くなかで、それを楽しんだり、いいなと思うような心を持つことが必要です。アートに触れたときの感動はその原点になると思うので、アーティストの方々はぜひそれを究めていただきたいと思います。
国谷 ―
石川さん、今までの話を聞いてどうですか?
石川 ―
山に入れば入るほど、自然の圧倒的な美しさや脅威にすごく感動して、自分がちっぽけな人間だとわかってきます。急な岩壁を人間たちはロープを使って登るのに、その横を蟻が普通に這っていて、「蟻すごい!」と思ったり。作品制作で迷うこと、悩むこともありますが、今日のみなさんの話を聞いて、見た人の感情がちょっとでも動けばいいんだとわかりました。私が撮った写真で、「日本にこんなところがあるんだな」とか「地球にはこんな美しいところがあるんだな」って思っていただければ、それだけでいいんだと改めて認識できてすごく良かったです。
国谷 ―
石井さんはこれからそのロゴを使ってCGCのアピールに食糧サミットやCOP26などへ行かれるわけですが、どんなことをこのロゴに期待されますか?
石井 ―
私たちが私たちを支えてきた地球を壊し始めてしまっているから、私たちが変わらないといけない。この圧倒的な事実を目前にしたとき、人間には3通りぐらいの行動パターンがあります。ひとつは絶望して諦める。もうひとつは自分には関係ないと思う。問題は中間のムーバブル?ミドルの人たちで、この諦めきっていない、「何かできるんじゃないか?」と思っている人たちの行動変容を促す力を、私はこのロゴに見出したいと思います。
国谷 ―
日比野さん、ムーバブル?ミドルの人々の感情に訴えて活性化していくのは、ものすごく大きいミッションじゃないですか?
日比野 ―
選挙みたいなものですね。中間の無党派層がどっちに行くかで局面が変わる。さっき五神先生が、「自分ごととして捉える」とおっしゃいましたけれど、自分ごととして地球とか国とか自分の地域のことを考えるという意識の変容を起こすわけです。このウェビナーで5名の話を聞くことも自分ごととして捉えることの最初の一歩です。さっき石川さんが言ったけど、そんなに全部受け止めちゃうともう動けない。でもちょっとでもいいから他人の声を聞くとか他人ごとを自分ごととして捉えることに対して行動を起こすと、その小さな動きが70億個集まってかなりの動きになる。大感動ではなく、ちょっとした心の動きを意識して発信する。僕らアーティストもそうです。全員に気に入ってもらおうと思うとろくな作品はできない。中庸な、ぬるいものになって誰も感動してくれない。けれど目の前の誰かを喜ばせたいと思って作ると、その誰かが感動したり批評してくれたりする。そしてその誰かの後ろにはもっと大勢の人がいる。全員の他人ごとを自分ごととして捉えるとつぶれちゃうけれど、ひとりずつの小さなやり取りがあれば、その総数は大きな力になると思います。
国谷 ―
みなさんのお話を伺って、私たちにも何かできるという気持ちになりました。大学という、若い人たちが教育を受ける場のポテンシャルも、SDGsを実践していく上で大事だと思います。最後に五神さん、おっしゃりたいことはありますか?
五神 ―
CGCのロゴを最初に見た時はちょっと意外な感じがしました。でも改めて見ると、柔らかさとあたたかさがあって、それから何よりいいなと思ったのは動きを感じること。過去から未来に繋がる動きのなかで、みんなの気持ちをまとめていくことがCGCのコンセプトなので、見れば見るほどふさわしいものを作っていただいたと実感しています。
日比野 ―
石井先生、石川さんに「ロゴを動かしてくれませんか?」って注文出してください(笑)。アニメーションのように。
石井 ―
そうですね。それすごくいいアイデア。ネクストステップでお願いします。
石川 ―
動かすこともやりたいと思っていました。
国谷 ―
次は石川さんが動くロゴを作るということを期待しながら、今日のウェビナーを終わります。ご参加いただきましてありがとうございました。